逆三角形をしたインド大陸の先端方向右側に位置するタミルナードゥ州。逆三角形の先端にあたるカーニャクマリを経由して、先端方向左側へ時計回り周るとケーララ州に至る。州境を跨いだだけで、人も食も言語も異なってくる。まるで、別の国になったようだ。この日は、ケーララ州都のトリヴァンドラムを経由し、インド最大のビーチリゾートと言われるコバーラムを華麗にスルーし、その少し北側、静かなビーチが残っていると言われるヴァルカラまで行くことにした。
さて。カーニャクマリからトリヴァンドラムに行くためにはバスが一般的だと聞いていたので、バックパックを背負ってバスターミナルまで歩いた。カーニャクマリの小さなバスターミナルには英語の表示が一切ない。バスを待っていたインド人に、トリヴァンドラム行きのバスはどこに来るのかを聞いてみた。
「いやー、何て書いてあるのか読まれへんねんけど」
なんと!
「わし、デリーから来てんねんけど、タミル語はわからんからなあ」
そう、北と南とが違えば、同じインド人であっても現地語での相互理解はできず、英語でコミュニケーションを取るほかないのである。
あまりに不安だったので、バスターミナルの裏側のチケット売り場の係員に聞いてみることにした。数人が列を作っていたので最後尾に並んでいると、「トリヴァンドラム行きのバスは扱っていない」という英語の貼り紙を見つけた。冷や汗がたらたらと流れる。先程声をかけた北インド人がふらふらとやって来たので聞いてみたら、「ここにはトリヴァンドラム行きのバスは来ない。マドゥライまで戻れ!」とか無茶苦茶言われる始末。半泣きになり窓口のおやじに聞いてみれば、片言の英語で「待て!ここで待て!」と言っている。どうやら、チケットの取扱はしないがバスは来る、という意味らしい。なんと紛らわしい貼り紙。そして、あの北インド人、適当なことばかり言いやがって…
その後、しばらく待つ。何台かバスはやってきたので、その都度、運転手や車掌に聞いてはみるが、トリヴァンドラム行きではなく、颯爽と去っていく。やがて、バスターミナルに日本人バックパッカーがやってきた。日本人は地球の歩き方を手にしているのですぐわかる。声をかけたら、彼はトリヴァンドラム経由でコバーラムに向かうとのこと、少し安心する。上海から半年かけて陸路でここまで辿り着いた彼と旅の話で盛り上がっていると、お目当てのバスがやってきた。ようやくトリヴァンドラムに向けて出発である。
カーニャクマリを出発した時点では、座席の3分の2が埋まった程度だったが、次の大きな街で人が大量に乗り込んできた。超満員の状態のなか、ジェットコースターばりの急加速・急ブレーキで、バスはひたすら北へ向かう。トリヴァンドラムまでは約3時間。
窓側に座って、ずっと景色を見ていて気付いた。街の中に赤い旗が溢れ返っている。チェ・ゲバラだけでなく、レーニンや毛沢東まで、赤い色が似合う肖像が至極普通に掲げられて、ケーララの日常に溶け込んでいた。後で調べてみてわかったことだが、ケーララ州は世界で初めて選挙により社会主義政権が誕生した土地らしい。その結果、他州よりも資本主義的な発展には取り残されたようだが、教育や医療等のサービスが充実していて、識字率がインドで1番高く、死亡率もこの国においては低い水準にあるそうだ。なかなかに個性的な土地である。
そしてバスはトリヴァンドラムに着き、日本人の彼と昼飯のチキンカレーを一緒に食べて別れる。ヴァルカラへは、さらにローカルバスを2本乗り継ぐ。1時間半程度で目的地に着いて、リクシャに安宿まで連れて行ってもらった。リゾートなので、街中よりは若干高めの値段だったが、それでも、そこそこ安くて落ち着いた宿をみつけることができた。溜まった洗濯物をじゃぶじゃぶと洗って、日当たりのいいテラスに思いっきり広げて干す。
散歩に出かけよう。ヴァルカラは切り立った崖のうえに宿や土産物屋やレストランが並び、崖の下に砂浜があるという珍しい地形が売りになっている。リゾートとしてはまだまだ発展途上といった雰囲気で、それが心地よさの理由だったりする。見渡す限り白人ばかり、たまに韓国人の団体とすれ違うくらいで、日本人の姿は全く見かけなかった。コバーラムよりよっぽどいいと思うのだが(いや、コバーラムには行っていないので比較はできないが)、地球の歩き方に載っていないのならしょうがない、か。
ひとしきり海沿いを散歩したが、どうしても居心地の悪さを感じてしまうので、海とは反対方向へ進んでみる。小さな寺院を見つけたので入ってみれば、男の子と女の子が二人でご飯を食べていた。兄弟だろうか、友達だろうか、恋人だろうか。写真を撮っていいかと聞くと、女の子は恥ずかしそうに、さっと身を隠す。そんな素敵な瞬間をパチリ。
遠くアラビア海に沈む夕日を眺めながら、今後の旅程を考える。この街にしばらく滞在するという選択肢もあるのだが、どうしても自分はここに居心地の悪さを感じてしまうのである。いや、今まで行ったリゾートと比べれば決して悪くはないのだが、生まれつき苦手なんだから仕方がないよな。結局、明日の朝にここから鉄道でコーラムまで行って、ケーララのお楽しみの一つ、バックウォーターを体験することにした。結果的には、この選択が大正解だった訳だ。