朝、サン・クリストバル・デ・ラス・カサスからコレクティーボを2本乗り継ぎ、3時間ほど。南北アメリカを貫くパンアメリカンハイウェイは、ここからグアテマラに入る。その国境はたいへん混雑していた。メキシコ側では、謎の出国税295ペソを支払わないと出国のスタンプを捺してくれない。最近できたルールらしいが、295ペソを支払う窓口はひとつしかないし、またそこで対応しているおっさんの動きが何とも言えず緩慢で、旅行者が大行列をなしている。出国税を支払うただそれだけのために1時間以上待たされ、ようやくメキシコの出国手続きが完了、コレクティーボで山をひとつ越えると、グアテマラ側の狭いイミグレーションでは、入国希望者と出国希望者とが入り乱れた混沌とした様相。なんとか全ての必要な手続を終え、ようやくグアテマラの地を踏んだ瞬間、まるでアジアにいるかのような雑然とした空気に包まれた。目の前に広がるのは、怪しげな食べ物が並べられた屋台、排気ガスを吹き出して走るトゥクトゥク、凸凹の目立つアスファルト。なんだかんだ言ってもメキシコは洗練されていたのだ。国境を自分の足で越えれば、その空気の違いが本当によくわかる。そして、僕は、心の底から、そんな雑然とした空気を求めていることも、本当によくわかる。
イミグレーション前にたむろするクリスマス休暇の白人旅行者の集団に巻き込まれないように逃げ出し、少し離れたローカルバスの乗り場まで歩く。そこで待っていたのは、グアテマラ名物「チキンバス」と呼ばれる派手なペインティングを車体に施したローカルバスだ。
バス乗り場では、乗務員のガタイのいい兄ちゃんが、汗だくになりながら「ウェウェ!ウェウェ!」と行き先を叫んでいる。このバスは、ウエウエテナンゴという街を経由し、シェラまで走る。ガイドブックには「ケツァルテナンゴ」と書かれた街だが、その名は植民地化された後についたもので、地元の人は植民地前のように「シェラ」と呼ぶ。そこが今日の目的地だ。僕が乗り込んだときは、他の乗客は数名ほどだったが、すぐに満席になった。ただし、見回しても外国人は僕一人。イミグレーションではあれだけ見かけた外国人旅行者はどこへ。チキンバスを足に選ぶのは変わり者だったのか。ほどなくして満員の人を詰め込んだチキンバスは動き出し、細くくねくねとした山道を爆走する。急カーブでも速度をほとんど緩めないから、遠心力で身体が放り出されないよう、隣に座った先住民族のおばあちゃんと一緒に必死に手すりにしがみつく。2時間走ってウエウエテナンゴで少し休憩し、再び2時間かけて山を越え、シェラに着いたときは既に夜。コレクティーボを拾って街の中心部まで向かうが、よくわからないところで降ろされ、重い荷物を背負いながら灯りの少ない街を迷い歩き、適当に見つけた安宿に転がり込んだ。フロントも真っ暗、大声で呼んでみると、強欲ババアがめんどくさそうに出てきて、殺風景な部屋に案内された。長時間の移動の疲れでそのままベッドに倒れ気を失う。
寒さで目が覚めたら早朝。部屋には隙間風が吹き込んでいる。どうせこれ以上眠れないしと、思い切って宿の外に出てみると、街全体が深い霧に包まれていた。昨晩にはたどり着けなかったセントロまで朝の散歩に出かける。セントロのカテドラルの隣にあった屋台で朝ご飯を食べていると、次第に霧が晴れ、日の光を眩しく感じるようになった。グアテマラで2番目に大きな都市とは言っても、四方を高い山に囲まれ、古いコロニアル建築が残り、穏やかで過ごしやすそうだ。ときたま細い路地をすり抜けるチキンバスの鮮やかな原色に心奪われる。
ゆっくりしてもよかったのだけれど、今日のうちに次の街まで行くと決めていたので、散歩から戻り、荷物を整理して宿を出ようとすると、掃除をしていた宿のババアに呼び止められた。旅のことや、家族のこと、お互いの国のことなど、世間話をしばし楽しむ。僕の片言のスペイン語にも終始笑顔で、旅の無事を祈ってくれた。昨晩見たときには強欲面したババアだなと思っていたけれど、疲れていた僕の勘違いだったようだ。それに、今思い返してみれば、寒かったし、ベッドのスプリングは最悪だし、トイレの水は流れなかったけど、ここは素晴らしい宿だった。なぜならば、ババアと一緒にいた女の子が最高に可愛かったからだ。
さて、僕は再び派手な車体のチキンバスに乗り込み、チチカステナンゴへと先を急ぐ。