2012年、トルコ、ドゥバヤジット、その2。

イサクパシャ宮殿からヒッチハイクで街まで戻り、ふらふらと散歩していると、小さな八百屋から親父がこちらを見て手招きをしていた。特にすることもないので、そのお店にお邪魔することにする。お店の奥の椅子に座らせてもらい、インスタントのコーヒーと、陳列されていたイチゴを数個いただく。イチゴは酸味が強く、すっきりとした味わい。バナナも勧められたが、さすがにお腹がいっぱいになったので断る。珍しく、この親父も英語が堪能だったので、いろんな話をすることができた。彼は、若い頃にトルコ西部で教師をやっていたそうだが、ドゥバヤジットに戻って来てからは、ガイドとしてアララト山に何度も登ったという。思い切って、PKKについてどう思うか聞いてみた。PKKとは、クルディスタン労働者党のことで、クルド人居住区の独立を求めてトルコ政府と交戦状態にある組織であり、国際的にはテロリスト集団とされている。

「PKK?あいつらのことは認めていない。クルディスタンが独立できたらいいが、クルド人はいろんな国(イラン・イラク・シリア)に散らばっているし、現実的には無理だろう。私達の生活は確かに貧しいが、トルコでも自由に暮らしていける。自由を求めだしたらキリがないからね。」政治の話がタブーだったらどうしようと心配していたので、優しい答えにホッとした。クルド人の皆が独立を強く求めているわけではないし、PKKは、極一部の特殊な者に過ぎないのだろうと、この時は、そう思った。

その他にも、クルド語を教えてもらったり、ドゥバヤジットやトルコの歴史の話をしたり、1時間くらいゆっくりした後で、散歩を再開することにした。親父がなんとも寂しそうな顔を見せるので、翌日の再訪を誓う。八百屋の外に出ると、いつの間にか晴れた空が広がっていて、傾きかけた日の光にアララト山が美しく照らされていた。アララト山が綺麗に見える場所を探しながら街を歩く。5000m級の山なだけあって、街中からでも、その巨大な姿に圧倒される。

夕方になれば街全体をアザーンの物憂げな声が包み込み、その音が鳴る方向へ細い路地を進むと、モスクの裏側に居心地のよい広場を見つけた。広場の椅子に座ってチャイを飲みながら、近所の商店で買ったミックスナッツを齧る。日本人の旅行者は珍しいのか、座っているだけで、いろんな人に声を掛けられる。写真を撮れとせがまれ、シャッターを押すと、それだけで満足そうな笑顔を見せて立ち去っていく。素朴な人達ばかりで、こちらも嬉しくなる。

日も沈もうかとする頃、昼間に訪れたバスターミナルの近所のチャイハネに足を伸ばせば、閑散とした店内で、昼間にクルド語を教えてくれたおっさんが待っていた。チャイハネはもうすぐ閉店だというので、おっさんのオフィスに行くと、缶ビールを差し出される。トルコはイスラム圏だが、酒を自由に楽しむことができるのだ。イランから来た旅人は、この街に辿り着き、ビールが普通に買えるその素晴らしい事実に感動の涙を流すことだろう。

ビールを飲みながら、おっさんにもPKKの話を振ってみた。おっさんは、「政治の話はやめよう。」と、少し嫌そうな顔をして言った。確かに、その気持ちは理解できる。結局、ビールを1リットル胃の中に流しこみながら、くだらない下ネタ話にさんざん花を咲かせた。男同士の下ネタの盛り上がりは万国共通である。ビールに含まれるアルコールが長旅で疲れた体を駆け巡った結果、強烈な眠気が襲って来たので、おっさんに別れを告げ、真っ暗な道を、これまたふらふらと宿まで戻り、そのまま湿っぽいベッドに倒れ込んだ。