短い滞在だったジェニンに別れを告げ、セルビスに乗り込んだ。来た道を戻って2時間ほどで、大都市ラマッラに着き、ベツレヘム行きのセルビスに乗り換える。パレスチナ北部の中心都市であるラマッラと、南部の中心都市であるベツレヘム。直線距離では僅か20kmのこの2つの街は、カランディラの検問を境として完全に分断されている。悪名高いその検問所を越えることは現地の人々にとって容易ではない。ラマッラとベツレヘムとの間を結ぶセルビスは、大きく西側に迂回して走ることになる。ラマッラを発った満員のセルビスは、幹線道路から険しい山道に入り、住宅街の細い通路を抜け、2時間ほどを要してベツレヘムに至った。この小さな国の中で、今も、人は自由に移動すらできないでいる。
ベツレヘムの街はイエス・キリストが誕生したことで知られ、世界中から多くのクリスチャンが集まる一大観光都市だ。僕が訪れたのはクリスマスを数日過ぎたころだったが、街の中心となる旧市街は休暇中の欧米人の旅行者で賑わっていた。混雑を見越して事前に予約していた旧市街の外れの小綺麗なユースホステルは、まだクリスマス特別価格を請求されて割高だったが、エルサレムほどのぼったくり感はなく、居心地よく過ごすことができた。
ベツレヘムは坂の街でもある。薄茶色に統一された建物が集まる旧市街で、階段を昇ったり降りたりしながら、僕はいつのもようにふらふらと彷徨うのだった。迷路のように建物が並んだ小道を抜け、ふと見晴らしのよい場所に出れば、冬の美しく澄んだ空を背景に、さまざまな宗派の教会やモスクから、個性的な造形の塔がいくつも伸びている。気が付くと街の中心にあるメンジャー広場に戻っていた。キリストが産まれた場所に建てられた生誕教会は、夕闇が迫る頃になっても観光客で混雑している。広場の真向かいには、街で一番大きくて古いモスクがアザーンを鳴り響かせていて、こちらも礼拝者で賑わっている。その逆側には、ド派手なクリスマスツリーが飾られていて、隣に用意された特設ステージでは、どこかの歌手が、アラブ風の歌謡曲を歌っている。まるで浅い夢のように、目の前の世界は断片的で支離滅裂だ。
日が沈むと、空気が急に冷え込む。濃くて熱いアラブコーヒーを買ってちびちびと飲みながら、歌謡曲のステージをぼんやりと眺めていると、土産物売りの少年がやってきた。穏やかな目をした彼は、しつこく売り込むつもりは無さそうだったので、僕らは少し世間話をする。パレスチナ人の彼は、自分はクリスチャンだと言った。「この街では宗教が違っても皆仲良くやっているんだ。神様はみんなのものだから」そんな言葉は、コーヒーよりも、心と体を温めてくれた。まだまだ夜はこれから。街は少し浮かれた気分で、クリスマスの余韻を楽しんでいる。