いつものように仕事を無理矢理終わらせたことにして、深夜の関西国際空港からエミレーツ航空に乗り込んだ。ドバイ経由でイスタンブールに向かい、イスタンブールから翌日のトルコ航空の国内線に乗り、トルコの東の端・アルメニアとの国境の街のカルスへと飛ぶ予定をしている。
ドバイの空港に着いたのは現地時間の早朝5時。イスタンブール行きの飛行機の出発は11時である。長時間待ちのトランジットには馴れている。トランジットの楽しみと言えば、空港の美味しい飯しかない。ドバイの空港には、エミレーツ航空の客限定で、4時間以上のトランジットのための飲み放題食い放題のレストランがある。ほとんど案内がないためか、実は旅行者の間でもあまり知られていないのだが、これがなかなかのクオリティの飯を思う存分楽しむことができるのだ。
定刻通り空港に着く。ドバイは2年前のイランの旅以来だ。早朝の気だるい空気を掻き分け、薄い記憶を頼りにレストランを求め歩く。そして、そこは確かに2年前は、そのレストランだったところ。表示がBusiness Class Loungeに変わっている。一瞬、血の気が引いたのだが、とりあえず思い切って突入した。2年前は無愛想だったはずの窓口の女性係員の愛想がやたらと丁寧である。さすがBusiness Class Lounge。しかし、その愛想は、全身ジャージの汚らしい東アジア人を一瞥した瞬間に変化する。
私「ここって、ビジネスクラス専用?」
係員「そうですけれども、何か?」(汚物を見つけたような目で)
私「ここって、トランジット客向けのレストランじゃなかったっけ?」
係員「違います。」(汚物が思ったより面倒くさかったときの目で)
私「ええと、確か2年前はトランジット客のためのレストランだったと思うんだけど」
係員「ねえ、2年って長いと思わない?」
そうだよね、2年は長いね。いろんな意味で。妙に納得して引き下がった。
どちらにしろ腹は空いている。例えば、ここが東南アジアの空港であれば、安定して美味しい食堂には困らないのだが、残念ながらここはドバイだ。売店で選んだ弁当は、ラム・ブリヤニ。口にしたが、なんだか絶望的に味の根幹がない。慌てて塩をもらってパラパラと振り掛ける。塩味さえも吸い込まれて消え去るような、それはまるで味のブラックホール。一人でぼそぼそと食す。
エミレーツ航空は、機内食は美味しいし、サービスも文句がないのだが、いかんせんドバイの空港が退屈だ。日頃あまり読む時間がない長編小説をめくりながらも、疲れでうとうとしつつ、漫然と時が過ぎるのを待った。
ようやく11時。飛行機に乗り込み、イスタンブールに着いたのは現地時間の16時を過ぎた頃。イスタンブールのアタテュルク空港から地下鉄と路面電車を乗り継いで1時間弱、スルタンアフメトの駅で降りた瞬間、いきなり巨大なブルーモスクとアヤソフィアが目に飛び込んできた。
安宿街は、ちょうどこの裏手に当たる。いくつか安宿を回ったが満室ばかり。3軒目で別の宿を紹介してもらい、ようやく部屋を確保した。1晩10ユーロのドミトリー。屋上に立てば、アヤソフィアが正面に迫る素敵な立地だった。
宿のスタッフと立ち話。
彼「トルコは初めてか?」
私「うん、そうですけど」
彼「この後はどこに行く?」
私「ええと、明日、カルスに」
彼「カルス?なぜそんなところに行くんだ?何もないし、危ないぞ」
私「いや、別に、ただ行きたかっただけで」
彼「イズミル、エフェス、パムッカレ、いいところはたくさんあるぞ」
私「んー、そうだね…」
彼「それからカッパドキアだ。カッパドキアは必ず行きなさい。わかったね?」
私「メ、メイビー…」
ごめん、カッパドキアすら行ってない。しかし、東トルコは、イスタンブールの人から見ても辺鄙なところというイメージを持たれているようだ。逆に、私の気持ちはこんなところで盛り上がる。
さて、宿に荷物を置く。極度の寝不足だがテンションは高い。このままイスタンブールの街を徘徊することにする。まずは海を目指した。アジアとヨーロッパが(便宜上)交錯するボスフォラス海峡、そこからヨーロッパ側へ入り組んだ金角湾へと。