ラホール、その1。歴史と混沌と停電の街と、全てを包み込むアザーンと。

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23時間の旅を終え、ラワルピンディ・ピルワダイのバスターミナルでタクシーを捕まえて高速バスのターミナルへと移動した。Daewoo Expressというバス会社を、地球の歩き方の読み方に習って「ダーウー!ダーウー!」と言っても全然通じないし、朝から大声で騒ぐおもしろ外国人扱いされ、暇そうなおっちゃんがわんさか集まってきてこちらを見て笑っている。見世物ちゃうわと思いながらいろいろ試した結果、「ダウェヴォー!!!」と叫んだら、タクシーの運ちゃんは「オオ、ダウェヴォー、オーケーオーケー」と言って、ようやく車が出た。もうガイドブックさえ信じられない。

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目的地は、パキスタン第2の都市、ラホール。ピルワダイのバスターミナルとは打って変わり、Daewooの高速バスターミナルは整然としていた。バスを待つ人の身なりはよく、逆にバックパッカーのみすぼらしい格好は浮いてしまうほど。バスに乗る前にはセキュリティチェックが入り、いざ乗り込めば豪華な3列シートで、足はしっかり伸ばせるくらいに広々としていて、座り心地は新幹線のグリーン車の上をいく。車内アナウンスには深いエコーが掛かりどこか妖艶さまで感じさせ、無愛想ながらも飲み物と軽食のサービス、きちんと舗装された高速道路と静かな走行音。つい数時間前の悪夢のようなバスとは全く別世界の何かに、僕らは乗っていたのだった。

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定刻通りに出発した高速バスは南の方角にちょうど4時間走って、定刻通りにラホールに着いた。リクシャを捕まえ、リーガル・インターネット・インへと向かった。ここはオールド・フンザ・インで勧められた安宿だ。部屋はボロいが、屋上テラスの洗濯機や台所は自由に使えるし、贅沢は言えない。さっそく洗濯機を回すと、洗浄工程の途中でピタリと動作が停まった。同じ宿に泊まっているドイツ系のシリア人が「停電だ」と教えてくれた。大都市であるラホールは、電気の供給が全く追いつかず、地区毎の計画的な停電があるとのこと。「次に電気が来るのは1時間後だね」達観した表情で彼は言った。ラホールは、あれだけ涼しかったフンザとは同じ国と思えないくらい、暑い。電気が停まるということは、エアコンはもちろん、扇風機すら停まるということだ。水シャワーを浴びて暑気を払い、宿の屋上でただただ佇む。疲れと睡眠不足で遠くなる意識のなか、電気が生きている隣の地区からお祈りを呼びかけるアザーンがいくつも重なって聞こえ、それが終わると、また何ごともなかったのかのように蒸し暑い静寂が訪れた。

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電気の復活を待って洗濯を終え、リクシャに乗り、城壁に囲まれたラホールの旧市街に出かけた。ここは、中央アジアから山を越えて侵入したトルコ系民族によるムガル帝国の都であり、ゴミゴミとした街には歴史が深く刻まれている。街の中に無数にあるモスクは、赤茶色を基調とした細やかな造形が美しい。モスクの周囲を取り囲むバザールは人が混み合い、細い路地が迷路のように入り組んでいる。西からやって来たイスラム文化は、ヒンドゥーと出会い、融け合い、この混沌の街を作り上げたのだ。

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ラホール旧市街の端に堂々と聳えるバードシャーヒー・モスクは、ムガル帝国の皇帝により建設され、インド・パキスタンで最も巨大で最も重要なモスクの一つである。休日のためか人で溢れかえっていた。バードシャーヒー・モスクの前に座り、ジュースを飲みながら休憩していると、イスラム圏でよくありがちなように、好奇心旺盛な人たちに囲まれる。写真を一緒に撮れや撮れやの大騒ぎで、「何処から来た」、「日本か、日本は最高だな」、「パキスタンは好きか?」などなどの質問攻めに合う。最初はまともに対応していても、僕らを囲む人垣はみるみるうちに増え、それが30人くらいになり、さすがに収集がつかなくなって理由を付けて逃げ出すことにした。リクシャを捕まえて宿に戻ると、日はすっかり沈む時間。屋上にいると、まもなく計画停電が再びやって来て照明が落ちた。真っ暗な中、突然遠くから響くアザーンが僕らを街を包み込むのだった。